真田丸(日帰ツー)
ずっと漠然としていた真田丸の場所だったが、レーダー探査と航空写真による大々的な調査によって、それまでの定説をくつがえす真田丸の全貌が2016年にNHKで紹介されてから、再度行きたいとずっと思っていた。
で、昨日思い立って行ってきた。
天気も良く暑いくらいなので、ライダースの下は半そでとTシャツの薄いやつで出発。
時間もあるので、下道でいくことにした。
R1を走り、門真を過ぎてからはナビを使って大阪市内へ。
まずは腹ごしらえということで、
とんかつ ひろ喜 鴫野店へ。
徳庵にある本店は何度か行ったことがあるが、この店は初めてだ、
ロースとんかつ&カニクリームコロッケの定食をいただく。
デミグラスソースがちょうど良く、美味しくいただいた。
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そこから南に走って
玉造エリアへ。
最初の目的地である
心眼寺に到着
この寺は、テレビで紹介されるまで知らなかったが、真田丸が構築される際にその中に取り込まれた寺のひとつだったらしい。
ただ、大坂冬の陣のあとに真田丸が破却されたときに、一緒に取り壊されたとのこと。
現在の心眼寺は、大坂夏の陣から7年後に、滋野氏の一族という
白牟和尚が、真田幸村・真田大助父子の冥福を祈るために建立されたとのこと。
入口前に、
真田幸村出丸城跡の石碑がある。
また、坂本龍馬を殺害した候補者で有力視されている、
京都見廻組の桂早之助・渡辺吉太郎墓所にもなっている。
寺の扉の定紋には六文銭が使われている。
真田幸村の墓は入ってすぐ左側の一番目に付く場所にある
幸村の400回忌の年の2014年に建てられたらしい。
幸村について書かれているパネル。
従五位下の位を与えられていたことは知っていたが、これを見ると豊臣姓を与えられていたようだ。
京都見廻組の3名についても詳細が書かれている。
心眼寺の向かい側にある大阪明星学園グラウンドが
真田丸の主要害だった場所らしい。
グラウンドの横には
真田丸顕彰碑があり、真田丸や大坂冬の陣についても書かれている。
周辺を歩いて散策すると、登り坂と高低差のある場所から、真田丸の
空堀であったとされる場所であることが良くわかる。
それから、すぐ近くなので
三光神社にも寄ってみる、
三光神社はNHKの放送の前に行ってたので2回目だが、ついでなので寄ってみた。
真田幸村像
真田の抜け穴
三光神社に寄った後は、南へ走り、
茶臼山へ。
ここは、
大阪冬の陣で徳川家康軍が本陣を置いた場所であり、
大阪夏の陣では真田幸村軍が本陣を置いた場所でもある。
現在は市民の憩いの場になっている。
階段を登っていくと、茶臼山の山頂になる。
山頂には幸村のことや名言が書かれたものがいくつか掲示してあるが、家康について書かれた掲示は1つもない。
大阪人がいかに真田好きかがわかるなぁ。
一応、
三角点にタッチ。標高は26m
最後に、茶臼山に隣接している
一心寺に行ってみる
ここは、冬の陣で家康の本陣が置かれた場所でもあるらしい。
結構な参拝客が来ていたが、聞こえてくる言葉から外国人が結構いた。
こんなところにも外国人は来るんだ
これで行きたかった場所を見られたので帰路に就く。
帰りもR1を走って15時に帰宅。
そんな感じで、真田丸や幸村ゆかりの地を廻った、暑い一日だった
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